複雑なインドの法律問題について、インド在住弁護士が解説します。

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労務管理
2019.11.27
インドにおける雇用契約書及び就業規則作成における基本的留意事項

日本における労務管理のための基本となる文書は、雇用契約書と就業規則ですが、この点はインドでも変わりません。ただし、日本の雇用契約書・就業規則の取り扱いや法規制とは異なる点があるため、いくつか留意すべき事項があります。本稿では、インドにおいて雇用契約書及び就業規則を作成する上で留意すべき基本的事項について解説します。

(1)雇用契約書及び就業規則作成の必要性

まず、インドでは、原則として、使用者に雇用契約書及び就業規則を作成する法的義務は課されません。例外的に、一定規模を超える工場についてはStanding Ordersと呼ばれる就業規則を作成する義務が課されるに留まります。

このように、雇用契約書及び就業規則は必ず作成しなければならないというわけではありませんが、双方を作成することが強く推奨され、また、多くの会社が雇用契約書及び就業規則を整備しているというのが実情となっています。

それでは、なぜ雇用契約書及び就業規則を作成しなければならないのでしょうか。

第一の理由として、インド人労働者には様々な権利を主張してくる、あるいは、駄目元でもとにかく交渉してくるという特徴が見受けられ、使用者・労働者間の権利義務関係や就業ルールを整備する雇用契約書・就業規則が存在しないと、無用な交渉や争いが発生する可能性が高くなるため、これを作成する必要が高いという点が挙げられます。例えば、実際にあったケースとして、所得税の源泉徴収を差し引いた給与を支払ったところ、労働者から、提示を受けた給与額面を手取りとして支払えと要求されたという事例があります。当然、源泉される所得税は給与を受け取る労働者が負担すべき性質の税金ですが、雇用契約書や就業規則を整備していないと、こういった取り上げて議論すること自体が馬鹿馬鹿しいような事項が交渉事項となる可能性があります。

また、第二の理由として雇用契約書や就業規則に規定しないと、人事・労務上使用者にとって必要な権限が認められない、あるいは、労務管理上問題が発生する事項があることが挙げられます。例えば、インド判例上、使用者が労働者に転勤を命じるためには、転勤に関する条項が雇用契約書あるいは就業規則に規定されている必要があり、これがない場合は労働者の同意を取得しなければ労働者を転勤させることができないとされています。また、懲戒処分を検討する際に労働者に停職処分を課すことがあり得ますが、就業規則などで停職処分中に労働者に支給される給与を半額とする規定が存在しない場合、停職処分中も満額の給与を支払わなければならないとされております。さらにインド判例上、使用者が労働者に懲戒処分を課す場合、雇用契約書や就業規則に問題となる非違行為が懲戒事由として列挙されていなければならないとされており、就業規則を作成していない場合、懲戒処分の実施に大きな問題が発生します。このように、労務管理上使用者に当然認められて然るべき権限が認められないことにつながりうるため、雇用契約書や就業規則を作成する必要があると言えます。

(2)就業規則に法的拘束力を持たせる必要性

ここで、留意する必要があるのが、インドにおいては就業規則作成の法的義務が原則としてないため、インドでは就業規則は自動的に法的拘束力を有しないという点です。雇用契約書に労働者が就業規則に拘束される旨の規定を置くなど、就業規則の法的拘束力を発生させる措置を講じない限り、せっかく作成した就業規則が単なる訓示規則になってしまうおそれがあります。日系企業がしばしば陥る問題でもあるため、就業規則が自動的に法的拘束力を持たないという点はインド労務管理上の大きな留意事項と言えます。

(3) 雇用契約書・就業規則の作成をローカルスタッフに一任しない

また、日系企業が陥りがちな問題として、雇用契約書や就業規則の作成をローカルスタッフに一任することが挙げられます。

ローカルスタッフに雇用契約書や就業規則の作成を一任することはなぜ問題なのでしょうか。

第一に、ローカルスタッフには雇用契約書や就業規則を作成する能力が往々にして欠如しているということが指摘できます。インド人労働者は、出来ない事についてNoと言わず、むしろ自信満々に出来る、という傾向にあります。作成能力が欠如しているにも関わらずローカルスタッフに雇用契約書や就業規則を作成させた場合、法律に違反するなど、内容に問題のある雇用契約書・就業規則が作成される事になるため、その作成を一任することは避けた方が良いといえます。

第二の理由として、ローカルスタッフに雇用契約書・就業規則の作成を一任すると、過度に労働者に有利な雇用契約書・就業規則を作成されるおそれがある点が挙げられます。

例えHRマネージャーの地位にあったとしても、ローカルスタッフは労働者サイドの人間であるため、使用者の利益に配慮するよりも労働者の利益を優先してしまいます。そのため、ローカルスタッフに雇用契約書や就業規則の作成を一任した結果、退職金、有給規定及び休日の規定などに関して、会社側に過度に不利な規定が盛り込まれるという事例を実際にいくつも目にします。

雇用契約書や就業規則をローカルスタッフに作成させる場合であっても、一任することは避けるべきであり、最低限使用者側のチェックを入れるようにする必要があります。

以上インドにおける雇用契約書及び就業規則の基本な留意事項について解説しました。ご不明点やご関心事項がある場合、お問い合わせページまたは右下に設置されていますチャット相談からお気軽にご連絡ください。

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