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労務管理
2020.06.25
COVID-19流行下における労務コストの削減(1)

インド経済はCOVID-19の流行により深刻な打撃を受け、雇用コストカットのニーズが高まりを見せているが、2020年3月29日にインド内務省がロックダウン中の従業員の賃金引き下げを禁止する命令(以下「MHA命令」という。)を発したため、賃下げ等による労務コストカットが躊躇される状況が続いていました。しかし、その後5月17日にインド政府がMHA命令の効力を停止する命令を発令したため、多くの企業が労務コストカットを実施するに至っています。本稿では、COVID-19流行下における労務コスト削減手段について解説します。

1. ロックダウンピリオドにおける政府通知

2020年3月29日、インド内務省は、災害管理法(Disaster Management Act, 2005)に基づき、ロックダウン期間中給与が適時に支払われ、引き下げを禁止する命令を発令しました(なお、解雇の可否については当該命令において言及なし)。MHA命令に違反した場合、1年以下の懲役若しくは罰金又はその併科とされており、同命令には非常に強い強制力がありますが、その有効性についてはいくつかの裁判所で争われていました。その後5月17日に、インド内務省はMHA命令の効力を5月18日付で停止する命令を発令しています。なお、6月4日に、インド最高裁判所は、Ficus Pax Private Limited Vs.Union of Indiaのケースにおいて、賃下禁止命令に関して、使用者に対して強制力のあるアクションを取ることを禁止する暫定措置命令を発しています。

このように、すでに給与引き下げを禁止するMHA命令の効力は失われているため、使用者は、適用法令を遵守すれば政府の干渉を受けることなく、労務コストを削減することができます。

もっとも、2020年6月現在、依然としてCOVID-19の感染拡大は増加の一途を辿っており、今後同様の命令が発令された場合には、政府や裁判所の動向に注視する必要があります。

2. COVID-19流行下の労務コストカット手段

労務コスト削減のために使用者がとりうる手段は複数ありますが、主要なものとして(1)解雇、(2)レイオフ、(3)自主退職スキーム、(4)給与減額及び(5)無給休暇が挙げられます。以下それぞれの概要について説明します。

(1)解雇/Retrenchment

代表的な雇用コストカット手段としてあげられるのが、解雇です。
日本では経営悪化に伴う事業継続の困難を回避するために行われる解雇を整理解雇と呼びますが、インドでは普通解雇(Retrenchment)の方法によってこのような解雇が行われます(なお、日本においても整理解雇は普通解雇の一種として実施され、その意味でこの点に大きな違いはありません。)。これは、解雇について規律する産業紛争法(Industrial Dispute Act, 1947/IDA )が、自主退職、定年退職、懲戒解雇、契約の不更新及び健康上の理由による解雇を除く解雇は幅広く普通解雇に該当すると定義しているためです(IDA2条oo号)。普通解雇によって過剰な従業員を整理することで雇用コストを削減することが可能となります。

普通解雇の要件は、以下の通りです。
(a) 1年を超えて継続雇用されているワークマンに関しては、
  ①1ヶ月前の予告通知またはこれに代わる1ヶ月分の給与の支払い
※ 100名超の工場では3ヶ月の予告通知が必要(ハリヤナ州等では100名の人数要件が300名に変更)
  ②勤続年数に15日分の平均給与を掛けた補償金の解雇時の支払い
  ③適当な政府機関に対する通知の送付
※※ 100名超の工場では通知に代わって適当な政府機関からの承認の取得が必要(ハリヤナ州等では100名の人数要件が300名に変更)
(b)最後に雇用された者からの解雇
※ 別途合意した場合等には適用されない
※※ 判例上は特別の事情を立証した場合には適用が免除されている

普通解雇を適法に行う際のポイントは、上記の各手続きを正確に履践する点にあります。判例は、厳密に手続きの履践を確認し、正しい手順を踏まない場合には当該普通解雇を無効と判断する傾向があるためです(詳細はこちらを参照ください。)。法令に明記された手続き要件を履践すれば適法な解雇と判断されるため、日本における整理解雇と比較すればインドの普通解雇は実施しやすいとも言えますが、裁判を躊躇しないインド人の性格も相まって、適当な手続きを履践したとしても裁判に発展する可能性がある点については留意する必要があります。

なお、上記規制は、ワークマンというカテゴリーに該当する労働者についてのみ適用され、これ以外のノンワークマンに該当する労働者については、雇用契約書及び店舗施設法(Shops and Establishment Act)の規定を遵守すれば足りるため、比較的容易に解雇が可能となっています(詳細はこちらをご参照ください。)。

COVID-19流行下における労務コスト削減(2)に続く

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